● 企画情報 ● ―最新版―



● 2004年度 ゼミTAMAキャンプロジェクト・最終報告 ●


:::::3年ゼミ:::::(クリックすると報告書へ飛びます)

1.よさこいプロジェクト「チーム法政」
2.防災プロジェクト(中間報告)
3.多摩活性化プロジェクトチーム(中間報告)
4.多摩祭ゼミ研究発表会プロジェクト(前:国際問題について考えてみる)
5.エチオピアプロジェクト(2004年度海外研修旅行)
6.Web制作プロジェクト(中間報告)
7.「社会学部への招待」プロジェクト
8.エッグドームにバーを作ろうプロジェクト(中間報告)
9.新「アウトドア班」
10.八王子紹介雑誌プロジェクト(裏八王子ガイドブックプロジェクト)(中間報告)

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1.よさこいプロジェクト (「原宿表参道元氣祭スーパーよさこい2004」への参加)

目標 大学の学年やゼミ、サークルの垣根をぶっ壊し、法政大学として一丸となり、原宿で踊りまくろうってプロジェクト!目指せ100人大演舞!!
メンバー 政池 洋佑・樋口 勇気・遠山 大輔・丸山 隼・高橋 卓也・石田 友也・鍵渡 昭嘉
小林 啓人・甲藤 阿葵子・栗田 あゆみ・米山 顕子・佐藤 晴美・平塚 拓
篠塚 泰弘(越部ゼミ)
経過 ――1〜3月――
楽曲作り&振り付け
反省…リーダーがよさこいを知らなすぎた。何かを作る(それが楽しいモノであっても)うえでは、そのもの自体を知らなければ決していいものは作れない。リーダーが生でよさこいを見たのは8月の高知。遅すぎた。
――4〜5月――
メンバー集う・表参道演舞の権利をgetするためのVHSテープ作り・振り付けの完成・合宿
反省…まだメンバーの中でよさこいの魅力が浸透していなかった。実際に踊らなくてはわからないものなので仕方ないが。全員が魅力に気付いたのが、本番一週間前のプレイベント。もう少し早い段階で浸透させたかった。楽しさを知らなくては、やる気もでない。予定が押しに押しまくった。もう少し分担して、進行させればよかったのかも。
――6月――
振り付け完成・参加者集め・多摩ロックでの初演舞・ビデオ審査に落選
反省…なかなか人が集まらない。集まらないからやる気がでない。稀に人が来ても、みんなのダルダルさ加減を見て即脱退。最悪の悪循環。今までのツケがやってきた。反省というより後悔。どうしようもなかった。成功する気がしなかった。
――7月――
参加者集め(看板作成)・衣装作り
反省…もっと早くから衣装作りに入るべきだった。参加者の確定に時間がかかったせいもあるが。でも少しずつでも作るべきだった。
――8月――ひたすら練習・衣装作り
――8月21・22日――プレイベントin明治神宮前駅→本番の成功を確信!!
――8月26・27日――
オープンキャンパス演舞→大成功を収める。中にはもう来年参加したいと言い出す受験生も。
――8月28・29日――
原宿スーパーよさこい祭り本番→ひたすら楽しかった。もっと踊りたかった。
――10月10日――聖蹟桜ヶ丘の桜祭り
――12月――多摩キャンパーティー

<最終的な参加人数は37人。全く目標に達しなかったが、少人数ながらゼミや学年、学部の壁を越えた。>
今後 2005年原宿スーパーよさこい祭り参加
周囲の変化 ――多摩キャンパス――
多摩ロックや、オープンキャンパスで踊り、多摩のイベントを盛り上げた。
学部の壁や、学年、ゼミの壁を破り仲良くなった。カップルも誕生。
生協横でご飯を食べている暇つぶしになった。
噂になった。
――外の世界――
よさこいに新しい風を起こした。曲も振り付けもよさこいでは珍しい。
法政大学多摩キャンパスの名を広めた。
他のチームと交流した。
噂になった。
自分たちの変化
――政池 洋佑――
 よさこいをやろうと思ったのが去年の12月・・・。半年にわたってよさこいをやってきた。正直やめたいと思ったことは数知れない。でもなんとかやってきた。
 やっている最中は、自分の気力でよさこいを続けてきたと思っていた。でも、終わった今考えてみると、くじけたその時々にメンバーの存在があった。楽しく踊る姿、楽しいとの一言。その一つ一つのおかげで、よさこいを成功してやるという気力に繋がり、頑張ってくることができた。
 くさいけど、自分の中でよさこいは、仲間の大切さを気付かせてくれた。このメンバーだったからここまでくることが出来た。よさこいをまったく知らないのによくついてきてくれたと思う。36人全員に感謝の気持ちでいっぱい。
 大学に入って一番の思い出が生まれた。一生よさこいをやろうと思う。

――丸山 隼――
 私は、前期よさこいプロジェクトの活動に参加し、とてもいい思い出と共に多くの事を学ぶことが出来た気がします。この活動によって、多くの同じ目的を達成する為に集まった仲間が出来たし、沢山の貴重な体験が出来ました。その中でもよさこい合宿や大学の休み時間を有意義に使って練習などをした時に、リーダーシップをとり、よさこい未経験者に教えるなど今までにない責任感というものを恥で感じることが出来、一つ一つの物事に対する考え方というものが変わりました。プロジェクト参加当時は、本当に原宿で踊れるのか?など半信半疑の気持ちで参加していました。また、衣装など人数分そろえるのにとても時間がかかり、作りきることが出来るのかとても不安でした。しかし、その不安や心配などとは裏腹に、よさこいメンバーが全員で協力しあい、とても結果的に得るものが多く、成功以上の大成功で終われたのではないでしょうか。
 このよさこいプロジェクトに取り組んだことを通して、物事に対する責任感、また、どんな高い目標でも挑戦すれば何事でも達成することが出来るということを学び、今でもどんな苦難なことに対してでも、自分から積極的に挑戦するようになったのではないかと思っています。これから先、またこのような機会があるならば参加したいと思っています。

――樋口 勇気――
 私がこのよさこいプロジェクトに関わって、約5ヶ月。沢山の試練と葛藤、そして大きな感動を得ることができた。その中で確実に自分自身のレベルアップを感じることができ、その集団を先導し、引っ張って行ってくれた政池、甲藤の両氏に大きな感謝をしたいと思っている。
 このレポートでの主旨は自らが携わったことにより、自分がどのくらい変わったか、という事であるが、このことに関しては多くの友人、知人、そして協力してくれた多くの人々への感謝の心なしでは語れないと思っている。
 まず、よさこいを始めてすぐの事。私はダンスというものを今まで小学校以来やったことがありませんでした。今思えばよさこいのメンバーはほとんどがそういった人間が集まっていたと記憶しています。しかし自分なりにも努力し、またダンス経験者の人たちに教えられ、人に教えるという立場にもなることができた。しかしそこに待っていたのは大学生特有とも言える口先のやる気と行動とのギャップ、つまり練習にあまり人が来ない事と、迫り来る締め切り、多摩ロック、そして本番だった。また、自分の中でもすでに完成した振り付けの更なるレベルアップやよりよい見せ方を研究するも初心者が多いなかでそれを伝えていくことの難しさを体験していた。
 ようやくまとまってきたかと思われていた初夏の頃にも、衣装が未完成、無計画の状態であり、かなりの焦りを感じていた。それはよさこいを通じて知り合った親友ともいつも話し合っていたことだ。本番直前の合宿まで不安は変わらなかった。しかし、その気持ちは本番の日に一掃することができた。完璧とはいえないまでも、ダンスをこなすことができたみんな。短期間の練習でダンスをマスターし、最後までしっかりとやってくれたみんな。そして、初めのなにもわからずにおどおどしていた時期、人が集まらなくてつらかった時期、そしていつもかわらない顔ぶれで迎えることができたみんな。
 私はこのよさこいを通じて、人を集めることや教えることの難しさ。実際に自分で衣装を作る苦労。ダンスを一から作る事の閃き。みんなでなにかを成し遂げる達成感。そして苦労を一緒に乗り越えた仲間たちとだけ感じることの絆。その全てを自分の心に打ち付けることができたのだ。
 実際には、表面的にはなにも変わらないかもしれないが、あの日自然に流すことができた何年ぶりかわからない涙は、今も自分の心の支えになり、そして明日を生きる一歩になっている。

――石田 友也――
 約5ヶ月にわたるよさこいプロジェクトであったが、企画、練習、本番の演舞とどれをとっても自分自身の考え方の成長になった。まったく知らない「物」を自分たちで考え、それを形にする。今回は「踊り」というものがテーマであったが、それはやはりゼミ活動の根本的な姿であると思うし、よさこいに酔ってできた私たちの絆はとても深い。
 ゼミ活動として、深く掘り下げるということをしたことがない私は、友人と長い時間を共にするということも又、なかった。踊りという柔らかいテーマではあったが、互いの主張や、性格などのぶつかりあい等はあたり前で、人を認め、自分の意見、意思を通すという今までの大学生活にはない体験ができた。広い交友関係の中の深い関係、そのような「もの」がよさこいだと私は思っている。
 原宿スーパーよさこいという明確で高いハードルのような目標も良かったと思うし、5ヶ月間を単純に充実させることもできた。そして、期間が決められているということも私を夢中にさせたのかもしれない。様々なことを考えなければならない今の自分を「よさこい」だけに集中させる、その気持ちの切り替えという部分でもよさこいから学んだものは大きい。
 私は人前で踊ることに対しとても萎縮していたし、緊張もしていた。初めて人の前で踊ったのはプレイベントの時であるが、演舞後は「踊る」ということが快感に変わっていた。ただ何かを発表するとは違い、自分たちが作ったという裏付けが自分を満足させた要因である。
 今私の考えている事は、同年代の大学生であるならば誰しもが経験しているかもしれない。スタートラインに立っただけの私であるが、このきっかけは私を成長させると思う。楽しそうなプロジェクトと思い、入った時の「何か変われば」という気持ちが5ヶ月が経った今「自分が変わった」という実感が沸いている。私自身足りなかったものは、行動と自信だ。「よさこい」をやり自分というものが見えてきた。

――平塚 拓――
 このプロジェクトは政池くん甲藤さんがいる今この時にしか成し得ないプロジェクトだったと思います。これからに向けても、やはり輪を大切によさこいは大切だと思うし、コンセプトにあったように伝統として受け継がれ、そして本祭の常連になるように「チーム法制」があり続けたらうれしいし、誇りです。夏の本祭に向けて、合宿を企画し、参加したメンバーや衣装を作ってくれたメンバー1人1人が踊りを通じて1つになれたのではないでしょうか。音と踊りはやはり目に見えて、楽しいし、誰にでもできるし、活動としてわかりやすい。だからこそ素晴らしいわけで、もっとたくさんの参加があったらと思います。個人的にはなりますが、本祭に参加できなかったことにより、他メンバーに迷惑をかけてしまったことが心残りで、申し訳なく思っております。振りは覚えたものの練習も中途半端にしか参加できず、反省しています。どこかで機会があればもう一度みんなと踊れたらいいと思います。でも参加できてよかったです。ありがとうございました。

――鍵渡 昭嘉――
 「よさこい踊り」をするにあたって・・・―3年になり、ゼミで何かプロジェクトに入らなければならなくなった時、正直「よさこい」をやろうかどうか大変迷っていた。なぜなら、「よさこい」というものに対して全く知識を持っていなかったこと、また踊りというのだから練習を数多くこなさなければならないと思っていたので、自分のサークルと自主マスとの兼ね合いがうまくできないのではないかと思ったからだ。しかし、ゼミ長である政池の熱さに負け、頑張ってみようと決意した。
 「よさこい踊り」を踊ってみて・・・―5月の下旬に、よさこい本部に自分たちの踊りをビデオにとって送らなければならなかったので、プロジェクトに参加してすぐ切羽詰った状況にあった。数回踊っただけでは全く踊りを覚えることができず、大変苦労した。そして、何とか形だけはできたので本部にビデオを送ったが、原宿で踊る選考からは漏れてしまった。この時、多少モチベーションが落ちてしまったことを覚えている。しかし、6月に入ると踊りが多少変更されたり、また自分のサークルの方で1年生が新しく入ってきたりと、「よさこい」だけに専念することができず、周りのメンバーに迷惑をかけてしまったことをとても悔やんでいる。
 「よさこい踊り」から学んだこと・・・―8月28,29日の「よさこい踊り」の本祭には自主マスの合宿があった関係で参加できなかったので、21,22日にあったプレイベントに参加した。観客を前にして踊った時、すごい興奮して鳥肌がたった。大学に入学して以来一度も感じたことのない感覚だ。高校時代の体育祭で頑張ったときの感覚に似ていた。まさか大学でこんなに熱い経験ができるとは思っても見なかった。「よさこい」を通じて集団で何かを作ることの面白さを再確認することができた。また、違うゼミ生とも触れ合うことができ、人間的な面でも成長できたのではないかと思っている。最後に、「よさこい」にもっと参加すればよかったと悔いが残った。しかし、これから控えている就職活動前にすばらしい経験ができたと、とても「よさこい」に感謝している。

――高橋 卓也――
 地方色の濃いよさこいを踊ることには、はっきり言ってとまどいがもれなくついていた。ダンスの経験も無く仲間たちの足を引っ張るんじゃないか、練習にそれほど参加できないが大丈夫なのか、みんなと打ち解けられるのか・・・いつもは率先してやる私は踊ることに対してかなり臆病になっていた。
 しかしながら、主犯の政池や甲藤の並々ならぬ”よさこい”へ対する情熱が私まで飛火してきた。
 あいつらはすげえ。合宿何回やってるんだ!?
 おかげで他ゼミから参加してくれた同志と仲良くなることができた。
 衣装手縫いですか!?
 母さんが夜なべをしてくれた。甲藤ありがとう!衣装負けてなかったよ。
 こいつらの懸命な姿を見ていたら思わずプレも本番も出たくなってしまった。そして、大学生活で忘れられない思い出のひとつを作れた。本当に参加できてよかった。
 VIVAよさこい☆

――甲藤 阿葵子――
 「H・O・S・E・I ためて〜法政!!」恐らくこの台詞は一生忘れられない。よさこい本祭最後の演舞が終わった時、「やってよかったぁ」と心の奥底から感じた。感動した。踊るのを頑なに嫌がっていた彼女が満面の笑みで踊っている。それが無茶苦茶嬉しかったし、安心もした。これでこそ大成功である。半年前からこれまでの間、決して楽しい事ばかりではなかった。というよりむしろ、プレイベントまでは成功するか否か不安でしかたがなかった。
 私がよさこいを通じて変わったこと。それは、人のアドバイス(駄目出し)を受け入れる事が出来るようになったことだ。この半年でかなり自分と向き合うことが出来たと思う。一番のキッカケは、練習用ビデオの撮影だった。男の子はヤスと勇気、女の子は私が見本をしたのだが、お気づきだった方も多いと思うが私はリズム感を持ち合わせていない。だから一人で踊るとあからさまに音と踊りがズレてしまう(らしい)。しかも私本人はどこがどうズレているか気づいてない。という状況で撮影が行われた。撮る方もきまづい。駄目出しする相手(M)にも、駄目だしを受けて切れる自分にも腹が立って仕方なかった。「何で私がそんなこと言われてまで踊らないかんが?じゃああんた踊ってみいや!」と言った具合に。(さすがに心の中で)普通ならビデオで踊るというのは名誉なことなんだろう。しかしその頃は、踊り子の勧誘やメンバー内部の不調など、色んな面で心身的にも厳しく余裕が無かった為、そういう状況に陥ってしまったのだと思う。でもその時、ここで投げ出したら終わると思った。自分はこの先も、腹が立ったからと言って人の意見を聞き入れず、自分の非を受け入れない堅物野郎になるのかと思うと、凄く悔しくって練習した。駄目出しからアドバイスへと捉え方も変わった。踊りの出来は、ビデオを見て皆がどう感じたかは分からないが、自分の中ではその時の一番を出し切ったつもりだった。
 「よさこいプロジェクト」はとにもかくにも大成功だった。この成功は、仲間の協力、励ましのお陰である。決して一人では作れない、オリジナリティ(アウトロー?)溢れる傑作が完成した。皆に感謝、ありがとうである。ビデオ撮りに加え、苦労して5キロ痩せつつの衣装作りがあったからこそ、私にとってこの達成感は布への憎しみの何倍にもなって返ってきた。地元高知のよさこいを大学の仲間と踊ることが出来て幸せ一杯である。これからもこの仲間との出会い、よさこいを大切にしていきたい。
 そして今年の反省を生かし、来年はさらに飛躍させた「チーム法政」で原宿を闊歩したい。
 めでたしめでたし〜

――米山 顕子――
 よさこいをやって自分が変わったことは、まず、人を頼りにばかりしてはいられないと思うようになった事です。私は衣装係ということで随分前から甲藤、政池と日暮里に行ったり、よさこいのビデオをみたりしていました。最初のころはのん気にやっていました。だんだんと第一締め切り(ビデオ作成、提出)が近づき、衣装サンプルを作らなければならず笑ってはいられなくなりました。簡単な服しか作った事がなく、一番最初にできた衣装は、一着で二日間かかりました。その時期は多摩ロックで踊りを踊るという事で、最も苦手な、踊りを踊るという事をしなければなりませんでした。もともと衣装をつくるだけで踊りには参加しないつもりだったので、本当に苦痛でした。踊る事も、踊りを覚える事も大嫌いだったし、なかなかうまく踊れずみんなに悪いな、と思っていました。
 夏休みに入ってからはとにかく衣装を作りつづけました。日暮里で大量に買った生地で部屋は地獄絵図のようでした。朝起きたら生地を切り、昼御飯を食べ、生地を縫い、バイトに行く、の繰り返しの毎日でした。それでも、他の人も同じようにたくさん作っているのだろうなと思いがんばっていたのですが、よさこいの集まりに行ってみると、みんな作っていなかったのです。その時に、今まで以上にやらないと衣装が間に合わなくなる!と思い、私はとにかく自分のノルマだけでなく、とにかくとにかく作らなきゃ・・・と決意したのでした。友達の誘いも断り、時にはバイトも休み、鬼のように作りつづけなんとか間に合いました。よさこいメンバーなのに手伝わない人には腹がたってしまったし、よさこいメンバーではないのに手伝ってくれた人は本当に本当に嬉しかった。
 正直に言うと、最後の最後までよさこいなんて早く終わって欲しいと思っていました。
 でも一番最後の踊りの時、なんだか泣きたい気持ちになり、泣いているよさこいカップルを見ていたらやはり私も泣きました。終わったー(ああ、やっと終わったか、という意味ではなく)、こりゃ成功だったな、と思いました。最後の最後まで成功できるとは思っていなかった。
 人を頼りにばかりしてはいられないという事を学んだのに、それとは逆の事も強く感じました。たった一人では出来なかったということです。そもそも人がただ一人でできることって本当に少ないのではないかと思う。独り言を言うことくらいかなぁと思う。でも独り言を言うためには生きていなきゃいけないし、生きるためには一人は無理だと思う。本を読む事だって、音楽を聴くことだって何だって一人では出来ない、一人でそれをしていても、それをするためには実は大勢の人(例えば作家や編集者や・・・)が関わっている。
 私は、これから、たとえば一人で生きていくとして、でも本当は人に助けられている、という事を忘れないと思う。人と人とのつながりがこの世からなくなることなんて、ありえないと思う。

――佐藤 晴美――
 よさこい祭りに出る、そんな話を政池から聞いたのは、まだ「社会学部への招待」を作っているときだった。じゃあ衣装を作ろうかな〜と言っていたのだが、そもそもよさこいって何だろう、というくらいのまったく知識のない状態だった。高知県でやってる祭りということを知り、衣装は雑誌をみるとどこのチームもかなり凝ったものを作っていた。表参道で踊るにはビデオ審査があるということで、とりあえずビデオ用に踊りの練習を始めた。なかなか練習には人が集まらなかったけれど、ビデオを撮影するときには全員集まって、皆でまとまって練習できてなかなか楽しかった。とはいってもほとんど練習はその日だけという人もいたし、世の中そんなに甘くなく、ビデオ審査は通過できなかった。でも踊れないわけではないので、切り替えて本番にむけて練習を開始した。
 しかし、いざ練習を始めてみても、昼休みにくるのは大体決まったメンバーで、これで大丈夫なのかと思ったこともあった。これは私が思ってる以上に、中心でやっている政池や甲藤たちは大変だったんじゃないかと思う。昼休みに勧誘に行っても無視されたり、流されたりとなかなか人も集まらず、私は嫌になってきたりもしていた。でも、なんとか人も集め、衣装も作り、迎えた本番。運悪く私は体を壊して最後にしか踊れなかったけれど、踊っている皆をみて何だか胸が熱くなった。雨の中みんな笑顔で楽しそうに踊っていた。私も最後に踊ったときはとても気分が良かった。そして終わった後の政池と甲藤の涙を見て、やっててよかったなあと思った。
 よさこいをやって、皆で何かに向けてやるというのはいいなと思った。一つ目標とすることがあって、それに向けてやっていく。それには、すごく苦労することがあったり、うまくいかないことも出てきたりするだろう。でも、それを乗り越えて達成したときの気分というのは、何者にも変えがたい感動だろう。そうやって、これからもいろいろなことに取り組んでいきたいと思った。
 よさこい祭りは、思った以上に活気のある祭りで、他のチームのおばあちゃんやらちびっこやら様々な人達が皆生き生きと楽しんで踊っていた。こういうイベントを広めていけば、地域の活性化にもつながるし、それによって自治体のつながりや、地域の人々のつながりも強くなるだろう。隣に住んでいる人も知らないような現代で、このような活気あふれる祭りを開催して、温かい街づくりができたらいいのにな、ということも感じたよさこい祭りだった。

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